国立西洋美術館60周年記念企画として開催中の「松方コレクション」展へ行ってきました。
会期:2019年6月11日(火)~2019年9月23日(月・祝)開館時間:9:30~17:30
毎週金・土曜日:9:30~21:00
※入館は閉館の30分前まで休館日:月曜日、(ただし、7月15日(月・祝)、8月12日(月・休)、9月16日(月・祝)、9月23日(月・祝)は開館)、7月16日(火)
入館料:一般1600円、大学生1200円、高校生800円、中学生以下は無料。
松方幸次郎さん。ご存命中に国立西洋美術館を作ったひとだと思っていました。国立西洋美術館の常設展には、「松方コレクション」と書かれた作品が多かったので、昔の実業家で、絵が好きで蒐集して、国立西洋美術館を建ててくれたのかなあ、と。国立近代美術館の建物が、石橋正二郎さんの寄付によって建てられたように。
でも、原田マハさんの著作と、今回の展覧会、図録を通じ、松方幸次郎の人生は、想像以上に波乱に満ちたもので、松方コレクションの運命は悲劇と奇跡の繰り返しといってもおかしくないものだと知ることになりました。
▼速攻で涙が出てしまうほどの、松方コレクションをめぐる男たちの話。それぞれの人物が生き生きと描かれていて、本当にこういう会話をしていたかと錯覚してしまうので注意!?
「プロローグ」では、いきなりモネの《睡蓮》!
最初の展示作品はいきなり、国立西洋美術館の所蔵品の代表であるモネの《睡蓮》。いつもと違う青い壁紙、いつもと違う照明のせいか、普段の展示場所よりも、黄色や紫系の色が映えていたように感じました。もう何度も見たからいいよ、という方もぜひご覧になっていただきたいです。初めて出会ったかのような衝撃を感じるはずです。
▼普段の常設展では撮影許可の出ているモネ《睡蓮》も「松方コレクション」展の会場では撮影不可。
▼A4より大きいサイズですが、その分、作品が見やすく、モネの作品それぞれの作成年表や場所ごとの整理がされています。何より解説がわかりやすいので、モネが特別好きでないひとにもおすすめ。
松方コレクション展に行かれる前に聞いてほしいPodcastはこれ!特に、「モネを口説き落とした松方幸次郎」の話は面白いです!!
I ロンドン1916−1918、I I 第一次世界大戦と松方コレクション ”芸術は人民の魂のあらわれなのです”
壁中にたくさんの作品が展示されていて、常設展で鑑賞しているときと、印象が全く違います。ヨーロッパの美術館のよう!何度も来館されてる方でも、圧倒されるのではないでしょうか。
展示室に、意味深長な言葉が書かれてました。
「芸術は人民の魂のあらわれなのです」
松方幸次郎
この言葉の意味が日本人に伝わるように、松方幸次郎は日本に西洋美術館を開こうと考えてくれたのでしょうか。最初から最後まで、この言葉が頭を離れませんでした。松方幸次郎は、習作もたくさん購入し、西洋画を学んでる若者が作品が生み出されるプロセスまで理解できるように配慮していたとか。
松方幸次郎が最初に買ったのはフランク・ブラングインの作品。私はこの画家を全然知らず、今回の展覧会で初めて名前と作品を知りました。海や船、造船所などの作品が多いそうで、造船会社を経営していた松方幸次郎と気が合ったのも納得!「III 海と船」という展示が設けられ、海や船を描いた作品が多いのも、造船会社の社長だったからなのでしょう。先日、Bunkamuraミュージアム(福岡県立美術館でも)で鑑賞した、イギリスの海運王バレルのコレクションにも海や船を描いた作品を思い出しました。仕事というだけでなく、海や船が好きなひとが造船や海運貿易を盛り上げていたのかもしれません。
松方はブラングインと直接会って、ますます気に入り、かなりの数のブラングィンの作品を買っていたようです。このブラングインが描いた《松方幸次郎の肖像》からも二人が親しい間柄だった様子がなんとなく伝わってきました。松方を正面からでなく、パイプの煙を燻らせて、視線を外してる様子で描いたのも、友人ならではのような感じがしました。背景のチューリップがくねくねしてる様子も優雅で、印象に残りました。
しかし残念ながら、1939年のロンドンの火事で、この友人ブラングィンの作品は、ほとんどが焼けてしまったそうです。二人の友情によって、松方の肖像画が奇跡的に残ったのかもしれないと思いました。それくらい、友達が描いた絵という感じがする作品です。
松方が作ろうとしていた夢の西洋美術館は、「共楽美術館」という仮称だったそうです。「共に楽しむ」!「享楽」ではなく、「共楽」!今回の展覧会には松方の手紙が多く展示されているのですが、読めるところだけですが、ちょっと読むと、丁寧に何度もお礼を書かれてるひとのようでした。世界で活躍された方なので当然ですが、ひととのつながりをとても大事にされた方のように感じました。この予想は当たりだったようで、松方の絵画蒐集には日本人だけでなく多くの人が協力していることがわかりました。ブラングィンが「共楽美術館」の設計図のようなものまで作っていたのも、松方と共に、日本で西洋画を楽しみたかったからなのかなあと思ってしまいました。
III 海と船 やっぱり造船会社の社長さん!
この展示では、昭和天皇の英国訪問時の様子を描いた作品をはじめ、海や船の作品がまとめて展示されていたのですが、なんと言っても素晴らしかったのは、シャルル=フランソワ=ドービニーの《ヴィレールヴィルの海岸、日没》。横長のキャンバスが海の広さを感じさせ、夕日が沈む前の輝きに吸い込まれそうになり、出口付近から戻って、もう一度、見てしまったほどです。
IV ベネディットとロダン
ロダンの素描を鑑賞してる人が多かったので、意外なことに彫刻は空いてました。嬉しい驚き!
《地獄の門》のマケット(第三構想)という石膏の作品には、ロダンからの松方への言葉が記されてました!
《考える人》は、スポットライトが当てられていて、主役感がありました。いつも、常設の1階では、ここまで注目してなかったので、照明の重要さがわかりました。松方コレクションが日本に渡るまで一時的に保管してくださったというベネディットの肖像を見ると、とても優しそうなひとで、この方がもう少し長生きしてくださったら、とも思ってしまいました。
▼オーギュスト・ロダン《考える人》
▼ロダンの作品は数が多いので、持っておくといいかも?
V パリ 1921-1922 華やかなコレクション蒐集
「松方氏は大陸でもイギリスでも芸術家たちのアトリエを泳ぎ回る大きな魚である」-マリオン・エイミー・ワイリー
こんな風に言われて、造船会社の社長さんとしても嬉しかったかもしれません。
常設展をご覧になった方にはおなじみの作品。今回の展覧会では撮影不可ですが、普段の常設展では撮影可能なので、撮影した画像です。
▼モネ《ウォーター・ルー橋 ロンドン》
▼モネ《雪のアルジャントゥイユ》
▼ミレー《春(ダフニスとクロエ)》
いつもは2階の上の方に展示されてますが、今回は低いところに展示されてるので、背が高くない私でも見やすかったです。
1921年、松方幸次郎はモネに会いに、パリ郊外のジヴェルニーに会いに行き、モネが好きなブランデーを手土産にして、直接、絵が欲しいことを伝えたそうです。モネは1926年に亡くなってるので、頑張って会いに行った甲斐がありましたね。今はパリから電車で1時間、バスで20分ほどで、気軽に日帰りで行けますが、当時はもっと時間がかかり、大変だったと思います。
▼先月訪れたジヴェルニー。モネの《睡蓮》の世界観そのままでした。
▼モネの家。ここでモネと松方幸次郎が出会って、どんな話をしたのかな。
この展示ではモネをはじめとする印象派の作品が多く、いつも目にしている常設展の作品、そして、オルセー美術館所蔵のゴッホ《アルルの寝室》があるので、展覧会のポスターやちらしで目にした作品が多い部屋で、華やかでした。
ただ、1923年9月1日は関東大震災があり、この震災を機に、松方幸次郎の実業家としての人生は転落していくことを知ってると、華やかなほど不安を感じてしまいました。普段は何も考えずに見てきた所蔵品なのに不思議な感覚。
▼ジヴェルニーにあるモネの家で、台所やダイニングも見たので、この本も読みたくなった。
VI ハンセン・コレクションの獲得
この展示室でもモネやマネ、コロー、シスレーなど、華やかな面々の作品が鑑賞できます。旧ブリヂストン美術館でおなじみの作品も多く展示されています。
私はシスレーが大好きなので、アーティゾン美術館(旧ブリヂストン美術館)所蔵の《サン=マメス 六月の朝》と再会でき、個人蔵の《冬の夕日(サン・マメスのセーヌ河)》を見ることができて嬉しかったです。個人蔵の作品は額も曲線的で可愛くて、シスレーの作品に合ってました。
▼松方幸次郎もすごいけど、旧ブリヂストン美術館や旧石橋美術館を創設された石橋正二郎さんもすごい。
VII 北方への旅
この展示室では、ムンクの作品が!私の中のムンクのイメージではなかった《雪の中の労働者たち》という作品があり、驚きました。《吸血鬼》など、大原美術館所蔵作品もあり、松方コレクションと大原美術館の関係も気になりました。
2度来館しましたが、充実したコレクションを鑑賞するには1度では足りないほど。
▼実業家・大原孫三郎と画家・児島虎次郎の熱い友情が、大原美術館の充実したコレクション蒐集につながったようで、こちらも小説になりそうな内容。
▼こちらの本にも大原美術館が紹介されてます。
VIII 第二次世界大戦と松方コレクション
マティスや、松方コレクション唯一のアングル(海外からポーラ美術館に所蔵され、今は日本に)の作品があり、今までのコレクションの作品と少し違う雰囲気でした。
戦時中、危険な状況の中、
松方氏が、現在オテル・ピロンの礼拝堂にある絵画コレクションをアボンダンの私の住居へ移動させる決断をしたことを謹んでお知らせします
と言い切って疎開させた日置釭三郎もすごい、と感じました。
第二次世界大戦によって、松方コレクションがフランス政府に接収されてしまった点に関しては、戦争を始めた国、敗戦国としては当然なのかな、と個人的には感じました。仕方ないというか。。。
それでも1950年の松方の死後、1951年にサンフランシスコ講和会議と共に、フランスに松方コレクションの返還を申し出ていた吉田茂のような首相がいたことに、松方の人柄がドラマチックな展開に繋がってるようにも感じました。今読んでいる、原田マハさんの『美しき愚かものたちのタブロー』でも、吉田茂がかっこよく描かれてました。
エピローグ
こちらでは、クラウドファンディングが話題になった、モネの幻の作品の修復された姿が見られます。この《睡蓮、柳の反映》は、第二次世界大戦中の疎開で激しく損傷され、行方不明になっていたものが、2016年にフランスで発見され、松方家に渡り、2017年、国立西洋美術館に寄贈されたそうです。
カビが生えて腐食してしまった上半分は、あえて現状そのままにし、黄土色のような、金箔のような特殊な布で覆っています。
▼展覧会の入り口には、モネの彩色パターンをAIが解析して、全体像を再現したデジタル画像も!
▼先月訪れたオランジェリー美術館の《睡蓮》の部屋。完全版はもちろん美しいのですが、大きな作品なのに戦時中も疎開してもらい、損傷してもクラウドファンディングによる一般人の協力と技術者によって、大事に修復された国立西洋美術館の《睡蓮》も同じくらい美しく感じました。
この展覧会の結論 : 松方幸次郎は、とんでもなく魅力的なひとだったのでしょう
松方幸次郎は「元来、私は絵はわからない」と言っていたそうですが、この展覧会を通じて、松方の多くの手紙、松方に美術関係の知り合いなどを紹介して、人が繋がっていく様子などを知り、「このひとなら大事な作品を託せる」と思っていた人が国内外に多く存在していたような気がしました。
個人的には人に絵をなかなか売らなかったというモネですら、松方幸次郎には絵を渡そうとしてるほど。
部下の日置が第二次世界大戦最中に、わざわざ松方コレクションをフランスの北部アボンに疎開させたのも、松方の意志が日置にしっかりと受け継がれていたような気がしました。
▼日置も主役って感じになってる。
▼幻の美術館は「共楽美術館」だけではないんですね。
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常設展も見逃さないで〜。松方コレクション展に収められなかったコレクション作品が展示されてますよ〜。
「松方コレクション」展のチケットで、同時開催の企画展「モダン・ウーマン」展と常設展も鑑賞できます。「松方コレクション」展が盛りだくさんなので、満腹になってしまうと思いますが、併設レストランの「睡蓮」などで休憩されてから巡ってみてください。
*常設展は一部の作品を除き、撮影可です。
*「モダン・ウーマン」展は全ての作品が撮影可能です!
▼モーリス・ドニ《踊る女たち》も松方コレクション
「モダン・ウーマン」展より
▼ロダンの弟子というとカミーユが有名ですが、「モダン・ウーマン」展に出品されてるヘレン・シャルフベックもロダンの弟子なんです!!
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7月13日(土)開館前でも行列ができていたので、twitterで混雑状況をチェックしつつ、金・土の夜間開館もおすすめ
会期が夏休み期間と重なるので、夏休み前の来館もおすすめかと。
▼日曜美術館に取り上げられると混雑する。
個人蔵の作品も多いので、図録を買って損はなし!
個人蔵の作品は美術館に所蔵、寄贈、寄託されてる作品と違い、なかなか私たちの目に触れる機会がありません。
今回の「松方コレクション」展では、個人蔵の作品が多く展示されており、この展覧会への賛同の意思が感じられました。
次回、いつ出会えるかわからないので、早速、図録(結構、重い)を購入しましたが、松方の人生を船旅にたとえる方もいらっしゃったり、松方と画廊の関係も記載されていて、作品の写真だけでなく、文章もとても興味深いです。
▼表紙には修復されたモネの作品と、美しい青色の表題。表紙をめくると、銀箔のようなページ。青と銀色の組み合わせが好きなので、装丁を見た瞬間、購入を決意しました。
次回はジヴェルニーを訪れたときのことを
次回は、先月、モネの家と睡蓮の池を訪ねたときのことを綴りたいと思います。